自伝的小説【人生で1番最悪な1日】完全版
まえがき
これは2017年2月27日に慢性腎不全を宣告された僕の「人生で1番最悪な1日」のことを記したものである。
元ネタは入院中にお見舞いにきた知り合いから「時間たっぷりあるしやることもないから日記でも書いたら?」という何気ない一言から書いた日記を加筆修正をして自伝的小説っぽく仕上げてみました。
この日記によって、自分の置かれてる立場を理解して何をしていかなければならないのかを気付けた僕にとって、この地獄のような1日があったからこそ今の僕があるとも言えます。
それでは、そんな人生の転機となった僕の地獄のような1日をお楽しみください。
えんどう(ほぼ石井)
☆☆☆
【人生で1番最悪な1日】
2017年2月27日。
朝から大学病院で検査結果を聞きに行く。9時からだったので眠いし面倒くさいと思いつつも電車に乗って駒場東大前で降りて病院まで歩く。
今日は夜からライブ。ネタで使う衣装や道具をIKEAの青い袋にパンパンに入れて移動。重たい。しんどい。
予定よりも10分遅れて到着した。早い時間なのに目的の腎臓内科は患者で溢れかえっていて良くない熱気で立ち込めている。1番奥の部屋から呼ばれて中に入った。
「すごい荷物ですね」
「はは…この後仕事なんです」
しれっと仕事ですとは言ったものの今日のネタ時間は1分。実働1分である。仕事には違いないけれど、ギャラも発生しないこの実働1分をいけしゃあしゃあと「仕事です」と言ってしまう僕もどうなのだろう…なんて思ってると会話もそこそこに先生が切り出してきた。
「先日の検査の結果なんですが…。」
ふとベタなコントにありがちなそれが目の前で繰り広げられて「何か面白い病名来い!」なんて思うのは芸人の性。芸人なんて生き物は常に面白いエピソードに飢えていてネタにして笑えてもらえたらなら多少の自己犠牲も報われてしまう。なんてワクワクしてたら、先生は僕の目をギッと見て早口で「もしも遠藤さんが僕の息子だったら仕事だろうがなんだろうが今すぐ入院させる。それぐらい危険な状況にあります。詳しい検査をしてみないと分かりませんが、すぐにでも入院して原因を探しましょう。おそらく高血圧症、もしくは尿毒症の可能性も…」
……え?入院…?
状況が飲み込めないでいると、
「正直、後ろの荷物は入院するために持ってきたのかと思って聞いたんです。ちなみに今日から入院は出来ますか?もし可能ならば今日から入院するように手続きをして頂いていろんな検査を…」
この時僕が考えていたのは「今日のライブどうしよう?」だった。何なのだこの真面目さは。芸人魂といえば聞こえはいいがたぶんまだ事の重大さに気づいてなかったのかもしれない。
結果、今日の即入院を避けてライブに出演し、今日はさらに詳しい検査を出来るだけやって明日から入院するように手続きをした。
言われるままに病院内をかけめぐり、検査が終わってトイレへ行った。大便用の便器に座って扉に頭を預けてボーっとしてたら何だか分からないけれど涙が流れてきた。ショックで泣いたのは初めてだった。
「え?もしかしてオレはこんな形で死んじゃうのか…?何の親孝行も出来ずに死んでしまうんだろうか…」
僕は初めて死を意識した。
もう終わった…と思った。
とてもじゃないけどこの後のライブでネタやって人を笑わせられる状況じゃない。
完全に心が折れていた。
検査結果を待つ間に入院することになったことを家族に知らせないと…と思い電話する。
姉に事情を話す。何だか分からないけれど涙が出てくる。泣いてることを悟られないようにこらえようとすると余計に出てくる。姉は言葉を慎重に選んで返事してるように感じた。姉は看護師だから事の重大さに気づいてるかもしれない。母親は電話に出なかったのでLINEで詳しいことは姉に聞いてくれとだけ残して待合室のソファーに座って検査の結果を待つ。
そんなに僕の体はヤバいのか…。今まで考えたことのない良からぬ想像が頭の中をぐるぐる回っている。
待合室で待ってる間も何だか分からないけれど涙が止まらない。こんな経験は初めてでいろんな感情が混ざり合って整理がつかない。
何で僕は泣いているんだろう。
何で涙が止まらないんだろう。
先生に呼ばれて診察室に入ると先生は険しい顔をしていた。1週間前の再検査よりもさらに酷くなってるらしい。慢性腎臓病のステージ4、慢性腎不全の可能性もありますと告げられた。腎臓の再生が難しいところまで進行していていずれ人工なんとかも覚悟しなければならないとかなんとか。その後のことはもう何を言われたのか覚えていない。泣くのをこらえるのと頭の中で言われたことを理解するのに必死だった。
病院を出て区役所へ行き、国保の限度額申請というのをしに行った。これをやらないと入院費がとんでもなく高くなるらしい。
病院で言われるままに手続きを済ませて区役所を後にした。ライブの入り時間まであと2時間。とても人を笑わせられる気分じゃないのと明日から入院で好きなものも食べれなくなると思って気晴らしに近くのガストに行って唐揚げ定食とポテトフライを注文した。
普段なら考えないであろう「もしかしたらこれが最後の晩餐になるのでは…」とか考え出してまた死を想像したりして涙が止まらない。おかしい。感情がバカになってる。泣きながら唐揚げを頬張ってる成人男性の姿は気味が悪い。それでも誰かがそばにいて笑ってくれてたら芸人冥利に尽きるなんて思ってたけど誰にも言えなかったしネタにも昇華出来ない。僕はこの後のライブで人を笑わせられるのだろうか?
泣きながらガストを出た。横断歩道を渡って駅へ向かう。
みんなが泣いてる僕を見ている。「うわ!あの人泣いてる!」「何で泣いてんのよ!気持ち悪い!」そんなこと誰も言ってないのにそんな声が聞こえてくる。
南阿佐ヶ谷駅から丸ノ内線に乗って新宿へ行き、山手線で渋谷へ向かう。丸ノ内線の車内でも涙は止まらず、人目も憚らずにわんわん泣いた。すすり泣く音とポタポタ流れ落ちる涙は車両を異様な空気にさせた。
泣き顔を見られるのが恥ずかしいから新宿のキオスクでマスクを買って着けて思いっきり泣いた。すると不思議と少しだけ気分は落ち着いて来た。
渋谷のライブ会場に着いた。渋谷に着く頃には涙は引いていていつものライブ開演前の感じに戻っていた。一緒に出演する先輩や後輩に挨拶をし、ネタの練習をする。いつもはやりすぎないようにほどほどに練習して出番に臨むのだが、何かを忘れるかのようにいつも以上に練習して出番までの時間を過ごす。
ライブではそれなりにウケて、1つ上のランクに昇格した。来月からネタ時間が少し伸びるみたいだけどそんなことはどうでも良かった。というより僕は来月生きているのだろうか?
ライブ終わってすぐに部屋に帰り入院用の荷作りをする。気持ちの整理をしながら明日の入院生活から何をしなければならないかを考えながら。
こうして僕の「人生で1番最悪な1日」が終わった。
☆☆☆